Google MyMap 東京大学本郷キャンパス構内銅像案内
♪現在,ベルツ・スクリバの銅像は,東京大学本郷キャンパスの龍岡門(旧南新門)(写真1)を入って,しばらく進み,四つ角を渡って左手の広場(健康と医学の博物館前庭の隣,運動場の手前)にあります。(写真2 写真3)
(注:「健康と医学の博物館」は、平成31年4月18日、南研究棟1階に移転、リニューアルオープンされています。)
♪この銅像は,設立当時は,現在,医学図書館(医学部総合中央館)が建っているところにあった病理学教室の崖下に位置していました。(図1)病理学教室の建物ができる前までは,「第一医院本院」があった場所です。「第一医院本院」は,赤門を入った正面から四つ角の方向に続く広大な建物でした。(『東京帝国大学一覧. 明治32-33年』[近代デジタルライブラリー])
♪銅像の除幕式は,明治40年(1907)4月4日の午後3時に挙行されています。銅像の前庭には、日独両国旗が飾られ、銅像製作委員長の青山胤通教授から、大学総長の濱尾新へ引き渡しが行われました。
文 献
ベルツ・スクリーバ両教師銅像除幕式.『中外醫事新報』 第650号 明治40.4.20
ベルツ・スクリバ両教授銅像除幕式.「東京医事新報」 第1507号 52[756]-55[759] 明治40年4月13日発行
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♪「醫科大學ベルツ・スクリバ両博士銅像」と題する絵葉書(実逓)を入手しました。(図2)消印は,明治42年(1909)となっています。神田區にあった蓬莱館内から岡山県倉敷に出されています。
♪『東京帝國大學一覧』(明治41-42年)(近代デジタルライブラリー)のなかにある「東京帝國大學平面図」(図3)で銅像の位置が確認できました。(崖側:図2 赤色の場所)絵葉書の背景に写っている病理学教室との位置関係もわかります。
♪震災,戦災を経て,この銅像が残ったことは,当時の東京大学医学部の方々や,それに続く多くの方々の努力があってのことでしょう。ベルツ・スクリバの銅像は,医療の近代化のなかにあっても,歴史を重んじることの大切さを,後世に伝えています。
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♪ソチ・冬季オリンピックの開会式が行われた深夜から,東京は,13年ぶりの大雪となりました。書斎から見る山茶花の枝も雪景色です。風も強まり,雪が舞っています。
♪医学図書館前の桜が開花する春の訪れには,まだ,しばらく時間がかかりそうです。(写真4)(写真5)春の日差しが待たれます。
(平成26年2月8日 記)(平成29年5月31日 訂正・追記)(令和元年[2019]11月23日 文献を追加)